小瀧達郎気紛れ日記


by tatsuokotaki

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免疫力ガ低下シテル      2006年3月26日(日)

また風邪をひいてしまった。昨日、注文してあった自転車を受け取りに東京ドームに行ったのだが、ペダルをこいだら暑くなると思って薄着していったのが失敗だった。
本郷の“ルオー”でカレーを食べて帰り道、風がとても冷たく感じた。夜になったら案の定、咽喉が痛くなって寒気がしてきた。
風邪薬を飲んで寝たが、今朝具合が悪くてベッドから起きる気がしない。体のあちこちが痛い。お昼過ぎに何とか起きだしてコーン・フレークスを食べて、こたつの中で『ゴッド・ファーザーⅡ』を半分眠ったような仮死状態で断片的に観た。
咽喉が弱いのは子供の頃からだが、風邪よりも鬱症状が増す方がつらい。以前、S先生に訊いたら風邪と鬱の因果関係はあるようだが、まだ解明されていないそうだ。
以前はほぼ毎日「鬱」、時折「普通」という感じだったが、最近は「鬱の日」と「躁の日」が顕著になってきた。「躁」といってもべつに踊りだしたりはしませんが。これは果たして病気が快方に向かっているのか、それとも後退しているのか。
何れにせよ「軟弱でイカン!」と、ワレを叱咤激励しつつ日々を過ごしている。
by tatsuokotaki | 2006-03-26 23:18

サクラ咲く            2006年3月21日(火)

夜型の生活サイクルを少し修正しようと努力している。今日はお日様の光を浴びるために新宿御苑に出かけた。新宿御苑の桜もチラホラとほころび始めている。
芝生の上でポットにいれてきたコーヒーと、四谷の“Paul”で買ってきたサンドウィッチで昼食。寝転がって本を読んでいたら、暖かいので1時間ほどウトウトと昼寝してしまった。4時の苑内アナウンスを聞いたら、急に風が冷たくなってきたのでひきあげることに。
帰り道、東京ドームのスーパーマーケットで食料品を買物。広場の一角で自転車の展示販売をしていたのでのぞいたら、Rover製のきれいなブリティッシュ・グリーンの自転車があった。運動不足解消のため自転車でも始めようと思っていたところなので、思いきって買ってしまった。土曜日にセット・アップ出来ると言うので取りに行く約束をする。
家にもどって、茄子とモッツァレラ・チーズ入りトマトソースのパスタと、帆立を湯がいてベビー・リーフと和えたサラダを作って夕食。
食後はデジタル録画してあった『妖怪水木しげるの幸福論』を観た。ぼくは『ゲゲゲの鬼太郎』と水木しげるの大ファンで、うちの娘は『ゲゲゲの鬼太郎』を読んで大きくなった。
そんな影響かどうか知らないが、幼児の頃祖母の家で粘土遊びの最中、近所のおばさんに「なんのお山を作ってるの?」と聞かれた際「恐山」と答えてギョッとさせたなんていう話も残っている。
83歳の水木さん元気な上に、ハナクソほじりをするますます怪しいジイ様になってきた。「殺しても死なない」というのはこういう人を言うのだろうか。まさに妖怪そのものだ。
 
by tatsuokotaki | 2006-03-21 22:12

友人の死            2006年3月13日(月)

パリ在住のジャーナリストで、20年来の友人木立玲子さんが9日(現地時間)ガンで亡くなった。突然のことなのでとてもショックだった。
1月末に、キューリー病院の検査の後一時帰国するとのメールが届いていて、返信しようと思っていた矢先のことだった。
昨年夏にはパリで一緒に仕事をして、今年はぜひ南仏をテーマに仕事をしようという話もしていた。12月にはそのリサーチも兼ねて南仏に旅行した彼女から、「それなりの手ごたえがありました」というメールをもらっていた。
去年の夏、サン・ルイ島のアパートのトラブルから抜け出し、ブローニュの森の近くにとてもよい部屋を見つけ、新しい人生のスタートに張り切っていた。
サン・ルイ島の部屋は昔、無名の頃のジョルジュ・ムスタキやブリジット・フォンテーヌが暮らしていた部屋だそうだが、通りに面した小さな窓があるだけで、夏は熱気がこもって辛そうだった。それにくらべブローニュは、二面に窓がある最上階のとても風通しのよい部屋で、ここにいたらバカンスにいかなくてもいいねなどと、お茶を飲みながら話したくらいだ。
木立さんとは南仏のジプシーの取材にいったり、ノルマンデイーに旅行に行ったりもした。彼女のジャーナリストとしての仕事ぶりは、日本流のそれと明らかに一線を画していたといえる。取材対象への的確な資料集めと、情報収集のための独自のネットワークも持っていた。そんな仕事のしかたはプロデューサーとして在籍していた、フランス国営放送時代に体得したものと思われる。そこには世界中から有能なジャーナリストがたくさん集まっていたとよく聞かされた。
数年前にパリで乳がんの手術をうけた彼女は、女性の「乳房」に対する日本とフランスの意識の隔たりを、自らの体験をふまえた著書『パリのおっぱい日本のおっぱい』-集英社刊-で説いていた。
彼女の死があまりに急だったので、本人がそれをどこまで予測していたか定かではないが、何もしてあげられなかったことがとても残念だ。
by tatsuokotaki | 2006-03-13 23:36

ミモザが咲いた              2006年3月3日(金)

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今日はぼくの誕生日。何故かぼくは雛祭りの日に生まれた。でも女性に誕生日を憶えていてもらえるので、これはむしろパッピーなことなのかもしれない。おかげで何人かのガール・フレンドから「誕生日おめでとう」メールが届いた。どうもありがとう。
イタリアでは3月8日が女性の日で、男性から女性にミモザの花をプレゼントする習慣がある。わが家の屋上庭園でも、ちょうどミモザが咲き始めた。まだ2~3分咲きだが、去年伸びすぎた枝を切って樹形を整えたので、良い感じで花が咲きそうだ。咲いたばかりの一枝を、ヴェネツィアン・グラスの花瓶に生けてみた。
by tatsuokotaki | 2006-03-03 21:15

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