小瀧達郎気紛れ日記


by tatsuokotaki

プロフィールを見る

<   2005年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

巨大煙突と『オペラ座の怪人』    2005年9月21日(水)

朝一番でタクシーを捕まえて、チェルシー・ブリッジの先にあるバタシー火力発電所跡を撮影に行く。ブライトンに行く時、列車から見える4本の巨大な煙突がそれだ。
ピンク・フロイドのアルバム『アニマルズ』のジャケットに使用されて一躍有名になったこの発電所、1981年にはその使命を終え、煙突を残したままテーマ・パークに生まれ変わる予定だった。ところが工事が始まって数年後、理由は解らないが頓挫してしまって、今日に至っている。
煙突好きなぼくは発電所が操業中の頃から、ロンドンに行く度この煙突を撮り続けてきた。(当サイトのgalleryの“ヨーロッパ”参照) 巨大なレンガ造りの建築もとても美しく、産業考古学的見地からも貴重な遺産といえるだろう。
今回行ってみたら、ずっと空地だった隣地に、住宅とショッピング・モールを兼ねた大きな建物が完成していた。テームズ川沿いには新しい道路も整備されたので、以前より発電所の近くまで行くことができた。中には入れなかったが、工事用の仮設小屋と駐車場があったので、今度こそ工事の進展があるのかもしれない。
ひとまわりしたが、撮影の為の良いアングルは見つからず。
ケンジントン・パレスのティー・ルーム“オランジェリー”で軽い昼食の後、午後はテート・モダンの『フリーダ・カーロ展』に行った。ここも以前発電所だった建物を改築して美術館にしたもので、テート・ギャラリーの20世紀の作品を分離して収蔵、展示している。
『フリーダ・カーロ展』は、テーマ毎に11の部屋に分けて構成されていたが、ROOM-11のセルフ・ポートレイトが圧巻だった。
あの眉毛、オアシスのノエル・ギャラガーも真っ青というくらい強烈なものがある。フリーダの写真集があったので買ってみたら、眉毛だけでなく髭まで立派に生えているではないか。実際の眉も凄いが、自画像でことさらそれを強調してあるのは何故なのだろうか。
テート・モダンには他に、A・ウォーホール、ピカソ、モネ、キリコ、ギルバート&ジョージ、ムンク、ココシュカなどの展示があって、こちらもとても面白かった。
夕方、一度ホテルに戻って着替えてから、夜はハー・マジェスティーズ劇場で『オペラ座の怪人』を観た。'96年に観た時と演出や美術が変わっていたようだが、このミュージカル、とにかく良く出来ていて最後まで観客を退屈させない。舞台から2列目中央の良い席だったが、首が痛いのと舞台全体が見渡せなかったのを除けば、とても楽しい一夜だった。
by tatsuokotaki | 2005-09-21 02:01

『さらば青春の光』-Quadrophenia- 2005年9月20日(火)

―昨日からの続きです。9/19の日記を先に読んでください ―
ブライトンといえば“ザ・フー”のアルバム『四重人格』を思い出す方もいるかもしれない。このアルバムをベースにした映画『Quadrophenia』、邦題『さらば青春の光』(監督フランク・ロッダム、総指揮ピート・タウンゼンド)が製作されたのも1979年のことだ。
映画は60年代に海辺の行楽地を中心に暴れ廻った、モッズとロッカーズの抗争(1964年のバンク・ホリディにはブライトンで死者が出た)を描いたもの。映画公開の翌年にはモッズ・ブームが再燃して、週末のブライトンに200台ほどのスクーター(イタリア製べスパを改造したもの)を連ねてやって来たモッズを目撃したこともある。
当サイトのギャラリー『North marine drive』の多くは、当時のブライトンで撮影されたものだ。『さらば青春の光』には、デビュー間もないロック・バンド“ポリス”のスティングもモッズのエース役で出演していた。
映画にも登場したが、ブライトンにはふたつのピア(桟橋)がある。ひとつは“パレス・ピア”(ジョージⅣ世が贅の限りを尽してブライトンに建てたロイヤル・パビリオンを模したもの)と、それより古いウエスト・ピアだ。
パレス・ピアは近年改装されブライトン・ピアと改名されたが、ぼくは以前の少しさびれた感じの雰囲気が好きだった。
パレス・ピアにはもうひとつのイメージがある。レイ・ブラッドべりの短編集『十月はたそがれの国』(舞台はアメリカだが)が描く世界が、まさにブライトンのパレス・ピアとオーバー・ラップする。夕暮れ時のパレス・ピアには、テントの陰に“全身刺青男”や“見世物小屋の小人”が潜んでいそうな、そんな怪しげでファンタスティックなムードが満ちている。そんなパレス・ピアは、ぼくの意識の彼方から、デジャ=ヴュにも似た懐かしく、遠い記憶を呼び起こさせてくれる。 
一方ウエスト・ピアは、長年廃墟となったまま放置されていたが、再建の話が持ち上がって、2000年には資金集めのための一人10ポンドの「廃墟廻りツアー」も始まった。
配られた黄色いヘルメットを被ってぼくも参加したが、建物の内部は鳩の糞がうず高く積もり、しばらくいると吐き気を催すようなひどい状態だった。
その後のウエスト・ピアは、2002年12月に橋脚の一部が折れて半倒壊の危機に瀕し、それに追い討ちをかけるような2003年3月の火災であえなく全焼した。
現在、ウエスト・ピアは幽霊船のように海中に漂う、ただの鉄クズと化してしまった。因みに再建計画は、いまも存続しているとの事だ。
by tatsuokotaki | 2005-09-20 23:55

ブライトン              2005年9月19日(月)

ロンドン、ヴィクトリア駅9時38分発、ブライトン行き。チケット売り場で次の列車の時刻をたずねたら、モニターを振り返った黒人のおばちゃんが「16番ホームあと1分だ、急げー!」というので走って間一髪、列車に飛び乗った。おかげで朝食を買い損ねた。
テムズ川の鉄橋を渡り、バタシー発電所の巨大煙突を左に見て、あっという間の1時間。列車はブライトンに到着。
駅前の通りに面したカフェで、スクランブルド・エッグをトーストにのせたやつとミルク・ティーで朝食。ロンドンは曇っていたが、ブライトンはよく晴れている。
海に向かって坂を下りながら、さっそく撮影を始める。今日は“モノ”がよく見えている。調子がいいぞー。
やがて通りの前方に、キラキラと輝く海が見えてくる。この瞬間はいつも「ブライトンだー!」と大声で叫びたくなる。海が見えた瞬間のワクワク感は何度来ても変わることがない。
ぼくが始めてブライトンを訪れたのは1979年の春の事。若くして白血病で亡くなった英国人写真家、トニー・レイ・ジョーンズの写真に触発されてのことだった。
やや粒子の粗いモノクロームで撮影された、ブライトンの暗い海辺で集う人々の写真は、なぜか当時のぼくを強烈に惹きつけた。
その日から26年の歳月が流れ、その間ぼくは何度もブライトンに足を運んだ。ブライトンは世紀末の画家ビアズリーが生まれ育った街でもあり、グレアム・グリーンは小説『ブライトン・ロック』(ブライトン・ロックはブライトン名物の金太郎飴のこと)を書いた。レイモンド・ブリッグスの『スノーマン』にも、スノーマンが男の子と空を飛翔するシーンにブライトンのパレス・ピアが登場する。           
       ―この続きは明日―
by tatsuokotaki | 2005-09-19 10:50

サイオン・パークへ鱒釣りに     2005年9月18日(日)

今回の旅は田舎に行って釣りをする予定がないので、せめてもの慰めにロンドンから地下鉄で行けるサイオン・パーク・フィッシャリーへ出かけた。カメラとは別に、スーツ・ケースの中にパック・ロッド(4本継ぎの釣竿)とリールはちゃんと用意してきている。
ロンドン市内からディストリクト・ラインに乗って約20分、終点のリッチモンドでおりてタクシーで10分ほどで釣り場に着く。位置的にはテムズ川を挟んで、キュウ・ガーデンのほぼ対岸になる。
キュウ・ガーデンには及ばないが、こちらにも第三代ノーサンバーランド公爵によって造られた優雅なコンサバトリー(温室)と庭園があって、屋敷の方は映画のロケなどによく使われている。以前温室の撮影に行った際、たまたま出くわした映画撮影隊が水やクッキーなどをたくさん分けてくれたことがあった。
さて釣り場の方はというと、敷地の外周に沿って横長に造られた止水の池で、すでに5~6人の釣り人がフライをキャストしていた。チケット売り場に人がいないので近くにいた釣り人に尋ねると「勝手に始めていればそのうち廻ってくるさ」とのこと。
この20年間、毎年夏はイギリスの田舎で釣りをしてきたが、去年は私的事情でそれが叶わなかった。人生いろいろあるが楽しかった想い出は心の中にしまっておくことにして、とりあえず今日を楽しく生きましょう…、ってなわけで持参したサンドウィッチの昼メシの後、午後4時まで釣りをした。
釣果はレインボウとブラウン・トラウトが各1匹ずつ。やはり自然の川や湖と違って、いまひとつ満足感がなく、日本の管理釣り場で釣っているみたいだった。
多少の空しさと失望感をかかえつつ、来年はまたイギリスのどこかの清流でフライを投げている自分を想像しながら、地下鉄に揺られてロンドンに戻ってきた。
b0011771_050628.jpg
Mamiya6 MF 75mm RDPⅡ
by tatsuokotaki | 2005-09-18 16:24

キュウ・ガーデンのデール・チフリー展  2005年9月16日(金)

9月10日から始まった英国ナショナル・トラストの取材が昨日無事終了した。取材中は雨が多く、英国ではめずらしく蒸し暑い日が続く不順な天候だった。スタッフの中に一人、自称“雨男”がいたせいかもしれない。
今朝、取材チームは日本に帰国したが、ぼくは一人残ってしばらくロンドンに滞在する予定だ。最初は車で旅をしようかとも思ったが、久しぶりにロンドンに腰をすえて写真を撮ることにした。
今日はキュウ・ガーデンで開催中のガラス作家、デール・チフリーの『Gardens of glass chihuly at kew』展に行ってきた。
昨年夏、取材で訪れたアトランタのボタニカル・ガーデンで偶然開催中だった同展を観る機会があって、それはなかなか衝撃的なものだった。
デール・チフリーは以前ヴェニスのガラス作家と組んで仕事をしていたので、その作品はよく知っている。だが植物園で展覧会をするという発想は斬新で、正直これはヤラレター!と思った。
キュウ・ガーデンはアトランタ・ボタニカル・ガーデンに較べ規模が大きく、今回の展覧会には新しい作品もたくさん出展されていた。
パーム・ハウス、テンペラート・ハウス、プリンセス・オブ・ウェールズ・コンサバトリーの各温室が展示会場として使用され、パーム・ハウス池には60を超えるフローティングのオブジェと、さながら宝船のようなガラスのオブジェが詰まったゴンドラが浮かべられた。
キュウ・ガーデンの多彩な植物群の中に置かれたチフリーの作品は、調和と反目の中にも、宇宙的で強烈なパワーを放っていた。写真を撮っていてこれほどワクワクさせられる作品もそうざらにはない。
by tatsuokotaki | 2005-09-16 22:45

毎日雨ばかり            2005年9月8日(木)

台風の影響でずっと雨ばかり。先週からフィルムのテスト撮影が出来なくて困った。フィルムは製造時にエマルジョン・ナンバー(フィルム面に塗られる乳剤識別番号)がつけられていて、ナンバー毎に微妙に発色が違ってくる。そのため番号が変わるたびに、テスト撮影が必要になるわけだ。
今日はようやく太陽が顔を出してくれたので、御茶ノ水の聖橋界隈でまとめてテスト撮り。時間がないので、西麻布の現像所クロマートへ直接フィルムを持って行った。
10日から仕事でイギリスに行くので、湯島のコニカ・ミノルタでフラッシュ・メーターを、新宿のマミヤと銀座のニコン、それぞれのサービス・センターでカメラを点検してもらった。
海外の撮影はすぐに撮り直しというわけにいかないので、できる打け万全を期して出かけるようにしている。トータルで考えるとデジカメは便利だが、手間暇かけるということは利便性だけでない「何か」があると信じているので、しばらくはフィルムを使って仕事をしていこうと思っている。
今日は昼食も抜きだったので夕食は“神田きく川“でうな重を食べて、その後“竹むら”でこの夏始めての氷あずき。さあ帰って荷造りだ!
そんな事情で、またしばらく「気紛れ日記」はお休みさせていただきます。
by tatsuokotaki | 2005-09-08 22:23

以前の記事

2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 10月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 09月
2004年 08月